東京の有料老人ホームについて
病気の場合でも400万円が支払われる。
怪我で入院した場合は1日目から5000円、癌の場合は1万円を払ってもらえるという。
黒木の提案する保険は高齢者には十分に魅力的だったが、Oが最も知りたいと思っていたのは、前の保険を解約したら、どれくらいのお金が戻るかということだった。
彼女の勤めるS生命の保険に入ったのは新入社員の頃で、それから17年以上、お付き合いしてきた。
担当者は何人か替わったが、その度に「有利な商品ができましたから」と言われ、転換してきたから、今は最高に有利な商品になっているはず。
月3万円の支払いも累積すれば、1000万円を超えているはずだ。
いざというときになれば、あの金があるはずだと、命綱のようにいつも考えてきた。
「それで、かりにいまの保険を解約したら、どれくらいのお金が戻るのでしょうか」「ちょっと待ってくださいね」黒木は会社で計算を済ませてきたらしく、資料を覗き込んでから、あっさりと答えた。
「17万円とちょっとです」「え!17万円。
たったの?」黒木は気の毒そうに資料を見せた。
「申し訳ありませんが、定期保険は掛け捨てですから」「それは知らなかったなあ。
掛け捨てなのか」自分の迂闇さに、舌打ちする思いだった。
その日、帰宅したOは妻の京子に保険を解約しても100万円足らずしか戻らないことを告げた。
しかし、京子は先刻承知といった顔で、「生命保険って、そんなもんでしよう?払ったおカネを戻していたら、相手は商売にならないわ」と答えた。
「俺が死んだら、君の手元にはいくら入るんだ」「たしか、5000万円くらいだったと思うけれど」「じゃあ、死んだ方がましってわけだ。
自殺でも、払ってもらえるんだろう?」「縁起でもないこと言わないで」Oはやけになって叫んだ。
「百までに必ず死んでやるから」京子はOをたしなめた。
「それより、いまの毎月3万円を減額して、その人が提案している保険に入ることにしたらどう?死んだら、それまでだけど、病気になったときにおカネが出るというのがポイントだわ。
大抵、病気になったときの出費で、みんな困ってしまうのよ」こういう計算は、女には敵わないとつくづく思う。
京子の言う通りにすれば、黒木は喜ぶことだろう。
新しい契約をとるか、古い契約を切り替えさせたら、彼女たちは歩合がもらえる。
いまいましいが、仕方がない。
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